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ment-la-ment blog

かに…あわ…あわ…かぷかぷ…あわ…あわ…

アキレスと亀

私は北野映画が好きです。私は絵が好きです。となると、もうこれしかない。『アキレスと亀』。
いつもの事ながらネタバレです。


……。
……。
ごめんなさい!
実は私はこの映画あまり好きじゃないです。

この映画は、芸術の道を志す主人公真知寿くんをアキレスに、日常の平凡な幸せを亀に例え、アキレスが亀に追いつくまでの極限を描いています。
コンセプト自体は面白いと思うのですが、この映画はアキレスが亀に追いついてしまうという致命的な欠点があります。

ストーリーは、真知寿くんの幼少~老人になるまでを追っています。
一貫して、真知寿くんは絵を描き続けます。本人は好きで絵を描いているつもりですが、そこに本人の心は無く他人からの評価でコロコロと描く絵が変わります。
真知寿くんは絵に没頭するあまり日常生活を蔑ろにし、関わる人物は悉く不幸にしていきます。
真知寿くんの絵に惚れ伴侶となる女性も現れますが、家庭は破綻し、やがて彼女は出て行ってしまいます。
それでも、芸術をやめない真知寿くん。
絵の具を買うお金も無くなり、体もボロボロになり、それでも芸術をやめない真知寿くん。
最後には拾った空き缶をアートと称しフリーマーケットで高値で売る真知寿くんの姿があるのでした。

そこへ現れる元妻。結局彼女は真知寿くんが好きで、ふたりは遅いながらも日常の幸せを歩き始めます。
最後は、真知寿くんが売り物の空き缶を投げ捨てるシーンで終わります。


真知寿くんの芸術への情熱は、いわゆる承認欲であり、心の底から絵を愛していません。
初見では、「アキレスは亀に永遠に追いつけない」の言葉通り、「芸術家を志す真知寿くんは絵を愛するという根本的な気持ちがないため、子供の絵にさえ永遠に追いつけない。それに気づかずに真知寿くんは死ぬまで辿り着けない芸術家を目指す」という、やるせない系ストーリーになると踏んでいました。
(実際は全然違います)

結局唯の凡才であった真知寿くんが、何故亀に追いつけたのか? これがこの映画をモヤッとさせています。
真知寿くんを幸せに追いつかせるべきではなかったのです。追いつけないことに『アキレスと亀』のパラドックスを用いた意味があるのではないでしょうか?




という、偉そうなことを書いた後に魂の込められていない絵の近況。
やっと、忙しかった仕事(社内二足の草鞋)が終わったので再開します。

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