ment-la-ment

現在コミュニケーションが少し辛いので、スターはつけにいきません。ごめんなさい。

貨物列車

プオォォと音を鳴らし目の前の踏切を貨物列車が通り抜けていく。風圧の手のひらで前髪がかき上がり、私の体は後ろへ数度傾いた。

時間は夜中の一時を過ぎた頃である。辺りは真っ暗で線路脇に設置された小さな水銀灯だけがジリジリと鈍い光を放っている。だが、その光も貨物列車の振動でブルッと震え、とてもか弱いもののように思える。足元を見ると一匹の羽虫が腹を上に向けて細い足をバタバタとさせていた。月も星も無いヘドロのような夜である。遠くから深夜ラジオの音が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声なのだが、無機質なラジオの機械的な音声へと変わっており、誰だか思い出すことはできない。

ふと隣を見るといつの間にかひとりの老婆が立っていた。カタツムリの殻を思わせる曲がった背中で石のように静かに転がっている。ゆっくりと前を見る。貨物列車はゴォゴォと音をたて先ほどと変わらぬ風景を映している。再び足元を見る。羽虫は最後の力を振り絞り懸命にもがいていた。

 

老婆が振動する金属のような声で話しかけた。

「お兄さん、いつから待っていらっしゃる?」

「…ついさっき来たばかりですよ」

 

そういって気がついた。私は一体どこから来たのだろう…。老婆との会話はそこで終わった。ふたりの間にぬるっとした沈黙が流れる。足元へ視線を戻すと先ほどの羽虫は既に息絶えていた。

急に薄ら寒さを感じて小さくくしゃみをした。衝撃で水銀灯がバチッと音を上げ消えた。辺りは無明の闇に包まれる。そうして、私は唯冷たい夜の風吹かれ佇んでいた。いつまでもいつまでも夜風と混ざった貨物列車のゴォォと鳴る音を聞きながら闇の中に佇んでいた。