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ment-la-ment blog

かに…あわ…あわ…かぷかぷ…あわ…あわ…

聲の形 

書くべきか黙っておくべきか悩みましたが、今を逃すと一生誰にも話さない気がしたのでblogに上げておきます。

 

映画が話題になっているので『聲の形』読みました。原作の方です。

この漫画、好きだけど嫌いです。

 

単刀直入に言うと主人公とオーバラップする部分があって非常に辛いです。

障害者は関係しないのですが、私も小学校~中学校の時に、いじめっこ→いじめられっこの流れを経験しています。

給食にゴミを入れて笑い者にしました…。上靴をズタズタに切り裂かれました…。仲の良かった友人は私をいじめる側に回りました。

 

私は結局、いじめていた人ともいじめられていた人とも和解していません。

この時、丁度親の仕事の都合による転校が重なり物理的に離れたこともありますが、自らコミュニケーションを断ち切ってます。

この小学校~中学校時代のクラスメートとは、友人を含め一切の連絡を拒否し、同窓会にも出席していません。

会ってしまうと、おそらく『聲の形』の主人公同様相手の顔を見ることはできないでしょう。

 

この主人公を見ていると、「おまえ、いじめていた癖に何都合のいいこといってるの? 被害者ぶるなよ。 仲直りなんてできるはずない、所詮漫画の中の話だよ」と言いたくなります。

でも、本当はそうじゃない。そうじゃないんです。本当に思っていることは、「何で自分はいじめていたクラスメートへ謝らなかったんだ! いじめっことの関係を修復しようとしなかったんだ!」という自分への後悔なんです。

 

幸い転校後の中学校では人間関係に恵まれ新しい友人もたくさんできました。それ故にこの小学校~中学校の思い出は触れてはいけないものとして封じ込めてしまいました。

でも、それでも、私の心の底には強い自責と友人関係に対する恐怖が残っており、それは大人になった今でも払拭できていません。

給食に入ったゴミを見てじっと歯を噛みしめているクラスメートの顔、目を泳がせながら複雑な表情でいじめに加わった友人の顔、今でも思い出します。

 

 

 

イラストは少し進みました。

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